東京高等裁判所 平成2年(う)1101号 判決 1991年3月20日
本籍
群馬県高崎市江木町三九番地の三
住居
埼玉県大宮市南中丸五七番地の一
会社役員
林義昭
昭和二二年一〇月二九日生
右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成二年九月五日浦和地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官山崎基宏出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人丸物彰、同原島康廣、同石川博光及び同外山太士連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官山崎基宏名義の答弁書(但し、検察官は、答弁書二丁表八行目から一二行目までを削除して陳述した。)にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用するが、所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。
そこで、原審記録を調査して検討するに、本件は、土地・建物の売買及び仲介等を目的とする株式会社瑞穂(設立当初の商号は「株式会社太利根建設」と称していたが、昭和六二年六月三〇日右のように変更した。以下「瑞穂」という。)の代表取締役あるいは実質的な経営者として、同会社の業務全般を統括していた被告人が、瑞穂の業務に関し、法人税を免れようと企て、土地の売上代金の一部を違約金収入に仮装して計上したほか、受取手数料収入の一部を除外し、あるいは共同事業分配金等を架空に計上するなどの方法により所得を秘匿した上、瑞穂の昭和六一年一〇月期及び同六二年一〇月期における実際所得金額の合計が一五億八五七六万八九八九円であり、課税土地譲渡利益金額の合計が一〇億五五〇一万七〇〇〇円であるのに、所轄の税務署長に対し、その所得金額の合計が一一億七五六七万六九八九円であり、課税土地譲渡利益金額の合計が三億三二四七万三〇〇〇円であつて、これに対する法人税額の合計が五億六一四四万六一〇〇円である旨を記載した内容虚偽の各法人税確定申告書を提出し、それぞれそのまま納期限を徒過させ、もつて不正の行為により瑞穂の法人税合計三億一七三一万六八〇〇円を免れたという事案である。右のように、その逋税額が多い上、被告人が本件犯行に及んだ動機は、事業資金の獲得や交際費等に充てる金員を捻出するためのものであつて、格別考慮すべきものが認められないこと、犯行の手段・方法に至つては、倒産した会社の発行する架空の領収書を買いあさり、その領収書を用いて仲介手数料や共同事業分配金と称する架空の諸経費を計上したばかりでなく、売上金や受取手数料の一部を除外し、あるいは土地売上金の一部を違約金収入として計上したほか、捜査段階において種々弁解を構え本件の刑責を免れようとした形跡が窺われるなど、その態様が甚だ大胆、かつ、巧妙悪質であること、被告人は、原判示の累犯前科を有するほか、昭和四二年八月から同六一年一月までの間に、強盗等の罪により懲役八年、詐欺等の罪により懲役一年二月、業務上過失傷害ないし道路交通法違反の罪により罰金刑に三回、それぞれ処せられており、遵法精神に欠けるものと認められることに徴し、被告人の刑責は重いといわざるを得ない。
してみると、被告人は、本件について深く反省しており、また、瑞穂は、本件につき、修正申告をして、その本税のみならず、延滞税及び加算税等合計一二億四三六三万円余を納付したほか、更に、公認会計士海藤滿と顧問契約を結び、その指導の下に再発のないよう経理体制の確立を図つたこと、本件二期分を通じた逋脱率も三六・一パーセントに過ぎず、この種事案としては比較的逋脱率が低いこと、その他被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、本件が刑の執行猶予を相当とする事案であるとは到底認められず、被告人を懲役一年二月に処した原判決の量刑は、その宣告当時においてはやむを得ないものであつて、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決後、原判決を厳しく受け止めて一層反省の度を深めると共に、大宮市内にある福祉施設の二団体に対し合計一〇〇〇万円を、財団法人法律扶助協会に対し一〇〇〇万円をそれぞれ贖罪のため寄付したこと、瑞穂は、本件により罰金六五〇〇万円に処せられたので、一旦は控訴したものの、これを取り下げて、右罰金中三〇〇〇万円を納付し、残額についても鋭意納付すべく努力中であることなどが認められる。これらの諸事情に原審当時から存した被告人に有利な情状を併せ考慮し、本件の量刑について再考してみると、刑の執行猶予が相当でないとの判断に変わりはないものの、刑期の点において原判決の量刑をそのまま維持するのは明らかに正義に反するものといわざるを得ない。
よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。
原判決の認定した事実に刑種の選択、再犯加重及び併合罪処理の点を含めて、原判決と同一の法令を適用し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)
○控訴趣意書
被告人 林義昭
右被告人に対する法人税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。
平成二年一一月八日
右被告人弁護人弁護士 丸物彰
同 原島康廣
同 石川博光
同 外川太士
東京高等裁判所 御中
記
被告人に対する本件の処断については、懲役刑の執行を猶予するのが相当であり、懲役一年二月の実刑を科した原判決は重きに失し、破棄を免れないと思料する。以下理由を述べる。
一 租税逋脱犯処罰の目的と、その量刑を考えるに当たっての要因
租税逋脱犯処罰の目的は、国庫に及ぼす金銭の損失の防止及び租税均衡負担義務の侵害行為に対する非難にある(司法研修所編・税法違反事件の処理に関する実務上の諸問題(以下「諸問題」と略称)一一六頁、東京地裁昭和五五年三月二六日判決税資刑五一-一三三)。右の点からすれば、租税逋脱犯の量刑を考えるに当たっても、まず何よりも逋脱税額及び逋脱率が重要となる(諸問題)。
その後に、逋脱手段の態様、動機、逋脱した資金の使途、罪証隠滅工作の有無、納税状況、経理体制の改善、前科・前歴等が要因となる。
二 本件逋脱税額及び逋脱率の検討
そこで、最も重要な、本件における逋脱税額及び逋脱率を、最近の同種判例との比較において検討してみる。
添付の判例資料集は、「税務訴訟資料(租税関係刑事事件判例集)」(以下「税資刑」と略称)五一ないし六三の中から、<1>逋脱額がおよそ二億円以上のもの、<2>控訴された事件、のどちらかの要件を満たすものについてピックアップし、弁護人において整理したものである。
一見して分かることは、本件の逋脱率が、実刑と処断した各判例に比して、飛び抜けて低いことである。すなわち、逋脱税が五〇パーセントを切るものは、別添判例資料集の判例三(四七パーセント)、同判例一二(四八パーセント)、及び同判例一九(一四パーセント)の三例のみであって、しかも後述するように右三例はそれぞれ特殊な事情を有するものであるところ、残る一七例はすべて平均逋脱率がおよそ八〇パーセント以上となっている。
ところで、昭和五八年から同六〇年までの租税事件(判決日基準)で、逋脱額二億円以上三億円未満及び三億円以上五億円未満のものについての実刑要因を、逋脱率平均八〇パーセント以上とした分析(諸問題一二一頁以下)がある。弁護人の調査によれば、分析時以後も右基準が踏襲され、ほぼ確立した判例基準となっていることが明らかである。
そこで、前記三例の特殊性について検討しておく。
別添判例資料集の判例三の事例は、国税局の査察着手後に仮装工作や関係者への供述指示という大胆な証拠隠滅を行なっていること、起訴年度後も過少申告をしており一種の同種再犯的行為と考えられること、以上二点が、他の実刑事例に比しても特別悪質な点であり、これが実刑への判断に大きく影響したものと思われる。
次に別添判例資料集の判例一二及び同一九の事例であるが、これらは被告人が他人の税務申告に関し脱税を請負って報酬を得ているいわゆる脱税請負人であるとか(別添判例資料集の判例一二)、同種前科の執行猶予期間中である(別添判例資料集の判例一九)といった、特殊な要素が大きく影響していたと考えられる事例である。
よって、前記三例は、いずれも本件とは全く異なった特殊な事情によって量刑が決せられた事案であって(なお、本件に関し、証拠隠滅は全くなく、起訴年度後の税務申告もきちんとなされている)、本件の量刑を考える基準とは無関係である。
以上の検討より、本件についても、逋脱率八〇パーセントという基準をあてはめるべきであるから、本件の逋脱率が原判決判示第一の事実につき一七・三パーセント、同第二の事実つき四〇・三パーセント、平均で三六・一パーセントであることからして、優に懲役刑の執行を猶予する事案であると言える。量刑上最も重視すべき逋脱率について、本件は判例上確立した実刑基準を大幅に下回っているにも拘わらず、この点につき何ら言及することなく、被告人を実刑に処した原判決は、全く不当なものという他はない。
三 逋脱の動機、手段の態様、逋脱資金の使途について
本件逋脱行為は、いずれも、当該取引の成立に不可欠な取引関係者らへの支払(いわゆる領収書の取れない金)の資金を捻出することを動機として、右取引関係者らに勧められるがまま行われたもので、逋脱により得た資金は、すべて右取引関係者らに支払われ、被告人において個人的に費消したり、蓄財したりしたことはない。
特に、逋脱により得た資金の使途について言えば、これを個人的に費消していない場合に、執行猶予となった例が一五例中六例(四〇パーセント)もあるのに対し、実刑となった例は二〇例中わずか一例(五パーセント)しかないことにも注目されたい。
四 納税状況
原判決にも触れられているとおり、被告人は国税当局による査察後、修正申告をして、本税、延滞税、及び重加算税の全額一二億四三六三万円を納付済である。
五 経理体制の改善
本件起訴(平成二年二月六日)後、被告人は、直ちに、会社の顧問会計士であった松沢正義公認会計士(被告人と第二事実の一部共犯者として起訴され一審ですでに判決確定)を解任し、見識と規範意識に富んだ海藤満公認会計士を顧問として迎え、会社計理の抜本的改善に取り組んだ。その中で同会計士の「数字は人なり」という哲理を教えられ、経理体制実務の改善にとどまらず、会社経営哲学を学びつつある。
被告人は次第に適正な税務知識を身につけ、同時に正当な経営姿勢を確立しつつあるといえる。
六 前科・前歴
以上検討してくると、原判決は、本件被告人の前科・前歴を唯一の実質的理由として、実刑判決をしたとしか考えられない。しかし、被告人の前科・前歴を理由として実刑判決をする場合には、その数や量のみから算数的に判断するのではなく、被告人の前科・前歴を被告人のこれまでの人生のものさし中にひとつひとつ位置付けた上で、被告人の更生の歩みにとり今刑務所収容が必要なのかどうかを慎重に検討しなければならない。すなわち、現在被告人の犯罪傾向が進む方向にあって、これを食い止め更生へのきっかけをつかませるためには刑務所収容が望ましいという場合もあるだろうし、逆に大き流れで見ると現在被告人は更生の方向に向っているが、その流れの中で若干の揺り戻しがあったとか、何かつまづきがあったという場合もあるのである。
確かに被告人は多数の前科・前歴を有するが、これはいずれも被告人が暴力団員だった時代のもので、昭和五五年九月一七日に懲役三年に処せられ、同五八年八月に社会復帰して以来四年間、暴力団もやめ、何の犯罪も犯すことなく、被告人なりに一歩一歩頑張ってきた。もちろん現在に至るまでの七年間、従来のような暴力団的な犯罪は全く行なっていない。この事実からしても、現在の被告人は更生に向って少しずつ歩みを進めている状態にあると言える。原判決の言うように「(被告人の)真人間への決断には敬服すべきものがある」のなら、その歩みを途絶させることなく、被告人の更生を今一度確かなものにする処遇が必要になると思われる。とすれば、本件被告人の場合も、懲役刑の執行を猶予し、これまで数年間、被告人が自ら切り開いてきた更生の道をそのまま歩かせることが相当である。特に、遺憾ながら被告人の場合、もし実刑に処せられることになると、<1>刑務所内においては、いわゆる犯罪傾向の進んだ累犯者として、元の暴力団仲間などとともに処遇されてしまう可能性が強く、<2>会社は、トップリーダーを失うことによって倒産が必至であり、且つその場合は、取引関係者、社員等に多大の迷惑と混乱を与えることとなり、このようなことになると被告人の更生にとって取返しのつかない事態にならないものとも限らないのであって、弁護人においても憂慮するところである。
七 原判決後の事情
1 罰金の納付
株式会社瑞穂についての本件控訴は平成二年一一月八月取下げた。
そして直ちに罰金六五〇〇万円は取下日から一四日以内に支払う予定である。
2 会社経理の立て直しの実施状況
海藤会計士の指導のもとに会計帳簿の記帳の方式・仕分けから始まり、コンピューターによる会計処理まで、着実に成果を挙げている。そうした将来へ向けての実務技術の修得と会計システムの合理化ばかりでなく、もう一方では昭和六三年度及び平成元年度分について海藤会計士の指導と助言により、大宮税務署と協議を重ねて、修正申告手続をした。
3 贖罪寄付(二〇〇〇万円)
<1> 大宮市内の福祉施設へ一〇〇〇万円
被告人は幼くして父を失った幼少のころの思いを込め、地元大宮市内の福祉施設へ一〇〇〇万円を寄付した。
<2> 法律扶助協会へ金一〇〇〇万円
被告人が若かったころ、貧乏で十分法律家と相談できなかった悲しみに思いを至し、そのような者への少しでも役立つことを願って寄付した。
八 結論
原審判決は被告人に有利な情状として「暴力団から足を洗って、再出発するべく、本件の不動産業へと入っていったものであって、その真人間への決断には敬服すべきものがある」と適示している。被告人は今、法治国家の市民の義務を完全に履行し、自己に最も厳しい道を選び、真人間への決断を貫こうとしている。
被告人には服役、破産、国民の義務不履行という安易な道もある。しかし、被告人は前述の「原判決後の事情」で述べたとおり、どんなに苦しく困難であろうとも、当然のこととはいえ、義務を履行する決意である。
以上の事情をすべて積極的に斟酌され、原審の実刑判決を破棄され、執行猶予の判決を賜わるように切に願うものである。
添付書類
一、判例資料集(判例一から判例三五まで) 各一通
一、証拠調請求書 一通
判例資料集
<省略>
証拠調請求書
被告人 林義昭
右の者に対する法人税法違反被告事件について、左記の通り証拠調べを請求する。
平成二年一一月八日
右被告人弁護人弁護士 丸物彰
同 原島康廣
同 石川博光
同 外山太士
東京高等裁判所刑事部 御中
記
一、証人尋問
1 証人の表示
東京都練馬区関町南二丁目一五番三号
証人 海藤満
2 証人の地位
本件発生後、被告人の依頼を受けて被告人会社である株式会社瑞穂の経理改善を行なっている公認会計士
3 立証事項
被告人が本件を反省して、会社経理の改善はもとより、会社の立て直しに努力している事実
株式会社瑞穂の経理体制が抜本的に改善され、再犯の虞のない体制が整っている事実
4 尋問時間
三〇分
二、被告人質問
1 立証事項
(一) 本件後、被告人が経理改善を含めて会社の体制改善に努力した事実
(二) 右改善の今後の見通し及び被告人会社の状況
(三) 贖罪寄付及び被告人会社の罰金納付について
2 尋問時間
三〇分
以上